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2015年02月13日

整体は病気を治す名人ワザ?


整体は、病気を治す奇跡の方法と言えるのでは?
体調がよくなる程度は、ほんの序の口です!
整体の達人に弟子入りしたかった!



こんにちは。

なかなかご返事できなかったメールやコメントを
取り上げさせていただきます。


まず、「にゃン助」さんのコメント
の抜粋です。


「・・・・私自身はどちらかというと甲田先生よりも、
シンプルな加藤先生の方法に魅力を感じています。


今年はなんとか私のオリジナル整体術
世の中にアピールしたいと思っております・・・・」


この方はよくコメントを下さるかたなのですが、
どうも「整体師」をやっておられるのでは?
と察せられます。

以前、北海道にも整体師の方が、おられて、
「一日一食」の効果を味わったと、
コメントをくださっていました。


実は、私自身、整体を少しはやることがあります。

先日もうちの奥さんの異常な肩こりを治したばかりです。

「メマイガする、疲れる」 と毎日頻発していました。

私の場合は、「ヨガ」 からヒントを得たものです。

ご存知の方も多いと思いますが、「整体」 は、
病気を治すうえで、すばらしい効果を発揮します。

現在、アチコチに独立したお店が、
乱立しているように思いますが、


本気で研究を深めた「整体師」 であれば、
医師が治せぬ病気も治してしまう達人のような人が、
たまに、おられます。

かつて、店(整体院)の前に行列が出来るほど、
流行っていた、整体院がありました。

その整体師は、東京の方ですが、ほとんどの病気を、
「手技」のみで治してしまう、まさに「達人=名人」と
言っていいほどのすばらしい技術と、「ハート」
を持った人格者でした。


整体をあえて、素人の私から言えば、

「もむ」 ことです。 非常にシンプルです。

祈りとか、超能力とか、スピリチュアル的な方法を除けば、

「整体」は最高といってもいいほどの
健康法ではないかなと思っています。


理由は、簡単です。

「頭から足のつま先まで、全身の血流をよくする」

からです。


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例えば、1本の川に例えることができます。

@ 
川がよどんでいれば、ゴミが溜まりやすく、
貯まったゴミはそこで増え、次第に腐っていくでしょう。

A
さらさら流れる清流の場合、ゴミはたまりません。
水もきれいです。


川を血管とし、流れる水を血液とします。


@の場合、貯まったゴミが病気です。
Aの場合、ゴミが貯まろうにも、貯まる事ができません。
 つまり病気ができないということです。

一日一食にしても、断食にしても、少食にしても、

つまるところ、「カラダの血流をよくすることである」
と言えるのではないかと思っています。


早い話が、一度、一食でいいから、抜くとか、
半分にするとか、してみて下さい。

空腹は感じるでしょうが、体は、動きやすいことに、
気がつかれることでしょう。

これは、とりもなおさず、「血流」 がよくなり、
カラダの各部所に栄養が送られやすくなった証拠
ではありませんか?


今まで、さまざまな治療法を経験し、
カラダを病む多くの人と関わってきました。

そして、自宅療養中の今、本棚の病気治療に関する
本を整理しながら、徒然に読み返してみました。

その結果、上記のような「結論」にいたりました。

いいえ、今までも、そういう思いが強かったのですが、

今回、あらためて、その意を再確認できたと思うのです。


食事療法で病気を治療して、効果を挙げている先生たち
のほとんどが言っておられることです。


先般亡くなられた「甲田先生」しかり、
世界的な活躍をする「森下敬一先生」しかり、
「小倉先生」しかり、「石原結實先生」しかり、
整体師「加藤先生」しかり、・・・・
挙げれば、キリがありません。



というわけで、「血流」を考えた場合、
「整体」 は病気治療をするうえで、
相当高い効果のある方法だろうと、私は思うのです。

ただし、むやみに整体院に行けばいいということでは
ありませんので、上手に選択して下さいね。


冒頭にあげた「にゃン助」 さんは、

「私のオリジナル整体術を世の中にアピールしたい」

と言っておられます。


「にゃン助」さんにぜひすばらしい整体を
見せていただきたいですね。

とにかく、ヤマイに苦しむ人を、
一人でも多く救ってあげてください!


それでは、今日はこの辺で失礼します。




posted by 太助 at 13:44| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

ガン検診と費用と保険:案外かかるものですよ!


ガンと費用と保険について、わずかですが、
体験をお伝えします。


こんにちは。

先日、大学病院へ、3ヶ月ぶりのガン検診に行ってきました。

退院して、約1年ですので、
カラダじゅうのガン検診になりました。

「MRI」、胃カメラ、エコウ、採決、心電図・・・等々。

ガン検診の場合、「MRI」が、メインとなります。
それにしても、検査って、意外と疲れますね。
2〜3日体調をくずしたようです。(笑)

元気な時なら、こんなの、「ヘ」ともないのでしょうけどね。

でも、結果は順調です。ありがたいことです。(感謝)

副作用(背骨&胃)は回復になかなか時間がかかるようです。

でも、毎日歩いています。  大体6000歩

公園に寄ったり、マクドで休んだり、アレコレで
約、2時間ぐらいです。 

6〜7キロぐらい歩いてることになりそうです。

何時だったか、「ガンにかかった場合の費用」について、
尋ねてこられた人がありましたが、

ガン治療は、私の場合、

手術でなく、抗がん剤治療でしたが、
「高額医療」の制度が適用になりましたので、
思ったより費用がすくなかったように思います。

なので、1ヶ月、たぶん15万前後だったと思います。

最後(8回目)の治療は、外国からの輸入抗がん剤で、
特殊なもので、費用としては、コレが最もかかりました。
健康保険が効きませんでしたからね。

「450万円」 でした。

健康保険が効かない特殊な場合は、大体、
300万円 以上かかるようです。


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担当医から聞かされたときは、内心驚きました。
「どうしよう?」  正直、私は迷いました。
しかし、みんなの好意で、結局受けたのですが・・・。


2〜3年前「中西礼=作曲家」さんが受けた放射線療法も、
たしか、そうだったですよね。

あの時の費用が「300万円」だったと聞きました。
あの方は心臓が悪かったとかで、手術したくなかったといいます。
しかし、「手術しかない」と医師は、ゆずらなかったそうです。

それからは、中西さんご夫婦で、全国、探し回ったと言います。
それこそ、もう必死だったと雑誌に書いておられました。

まあ、あの人なんかは、お金のある人だから、
そういうことができるのでしょうが、一般の人は、
なかなか、そこまでできませんよね。

やはり、ガン(癌)「保険」 をかけておかれた方がいいですね。

「保険」については、中西礼さんも、テレビで盛んに薦めておられましたね。
「保険」をかけておれば、ごく一般の人でも、安心して、治療を
受けられるでしょうと。

一時、ガンにかかる人が二人に一人と言われていましたが、

今では、さらに増えてきているそうですね。

私と同室のKさんは、保険を掛けておられましたが、
「入院時」に即50万円が支給されたそうです。
その後も、月々、20〜30万の金額がもらえたそうで、
治療費の心配はしなくてすんだと、それは、それは、喜んでおられました。

「ああ、自分もかけておけばよかったな!」と、
この時は、ほんとに、後悔しました。(苦笑)

今は、探せば、癌保険の掛け金の安いものが、
けっこうあるようです。

事情が許す人は考えて見られたほうが良いかと、
思います。

それでは、今日はこの辺で失礼します・・・・・。







posted by 太助 at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

死について!後藤さんに自決の覚悟はあったのでしょうか? 死について!後藤さんに自決してほしいとデヴィ婦人は問う!


死について、いろいろ考えさせられました!
「後藤さんに、いっそ自決してほしい!」と、
デヴィ婦人が、雑誌記事でそれを問うていました。


こんにちは。


前回、イスラム国による 「後藤さん」 の 死 について
書きましたところ、何通かのメールを頂きました。
ありがとうございました。


どれも、私の経験にちょっと驚かれた風なメールでした。

前回の記事を読んでおられない方には何のことか、
お分かりにならないかも知れませんね。

前回の記事です。
http://000kenkou.seesaa.net/article/413385374.html?1423460130

前回、後藤さんの死の記事を書くにあたって、
私としては、あの場合、成り行きで、
自分の 「マフィアの取材体験」 を、
書かざるを得ませんでしたので、
やむを得ず、恥をしのんで、
書かせていただきました。(苦笑)

正直、ためらいがありました。
でも、あとで読み返して、

「まあ、これは、これで、ほんとうに、今、
自分が思ったことであり、事実なんだから、
いいじゃないか・・・・・」

と思い直しました。

ところで、
かのデヴィ婦人が、雑誌記事で
「後藤さんに、いっそ自決してほしいと言いたい!」と述べていました。
「私が母親なら、そうします!」
とキッパリ名言していました。

私は、これを読んだ時、やはり、そう思う人は、
ほかにも、少なくは無いだろうなと思いました。


さて、「死」について、もう少し。

一昨年私は、、腫瘍を患って、抗がん剤治療を受け始めた時、
入院してからその効果が出始めるまでの、約1ヶ月ぐらい、

「生きられるのか? このままダメ(死)なのか?」

内心、心が揺らぎ続けておりました。

この時のなんとも、やり場のない気持ちを、私は、
初めて経験しました。


以来、私には、「死」 というものを考えずに生きることは、
ムツカシクなりました。

「アホヤな!
そんなしんどいこと、ヤメトケ、ヤメトケ!」

頭のどこかで、そういう自分がいるのですが、
これは、どうも、なかなか 
「ウマク」 いきません。


だから、私は、開き直ったんです。

「えーいっ!もう、自分の気持ちに正直に生きよう」と。(笑)


私が、後藤さんの死について、書いたおり、
自分の体験も書いてしまったのは、
そういう理由からなんです。

これは、自然なんだ、別に、こだわることないよ!
と思い直したということなんです。


腫瘍体験で死というものを意識してから、
私は、「考え方」 や、「生き方」
がこれまでと、ガラッと変わったのを感じております。

一言でいえば、

「人の命の大事さを考えずにはおれなくなった」

ということでしょうか。

ちょっと、キザ に聞こえるかもしれませんが、

そういうことなんです。

「もう先がわずかしかない・・・」

と思うと、自然に、「今」 に集中するようになりました。

「いつ死んでも悔いはない!
と思える状態になっておきたい!」

と考えるようになったということでしょうか?
この間ずいぶん 「本」 も読みました。

ある外科のお医者さんが、「死に関して」 立て続けに
本を出され、ほとんどベストセラーになっているようです。

こんな1冊もありました。

(不死のしくみ)
http://item.rakuten.co.jp/book/12604434/


高齢者や、病人が増え、加えて、イスラム問題や、
日常、身近で殺人などが増えているからでしょうか?


ところで、冒頭の後藤さんの死に対し、
「・・・自決を促す女性がいたこと」も
書くつもりでしたが、またの機会にしたいと思います。


また、他に頂いたメールや、コメントもありますので、

遅ればせながら、それについても、
触れさせていただきたいなと思っています。


それでは今日はこの辺で失礼します・・・・・・。


posted by 太助 at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月02日

後藤さん・イスラム国で殺害!自己責任では?瞬きの意味は?

後藤さんがイスラム国のてによって、殺害されました!
非常極まりないテロに安部首相怒り心頭!
一方、後藤さんはすべて、責任は自分にあると名言!
死に際の「まばたき」の意味は?



こんにちは。

昨日、後藤さんが殺害されました
もうほとんどの人がご存知のことと思います。

tero.png


日本中、いや、世界中に激震が走ったと思われます。

私は、昨日、午前7時30分を少し回ったころ
ニュースでしりました。


即刻、安部首相はじめ、関係閣僚会議開かれました。

安部首相は、

「引き続き、テロとの戦いに、日本の役割を果たして行く・・」

と、イスラム国への憤りを露(あらわ)にしました。


後藤さんの死を知って、世界中が、怒り、悲しみ、
痛恨きわまりない思いだったに違いないでしょう。

人間一人の死が、これほど、世界を揺るがせたことも、
珍しい事だと思います。

人命の重さを今さらながらに、感じさせられました。

また、死の間際に後藤さんの瞬き(まばたき)が、
認めれたそうですが、それは、モールス信号
を示していたのではないかと報じられました。


一方、次のような発言もあったそうです。

「後藤さんの今回の状況は、想定外のことではなく、
本人の責任のもと、起こったことだ」と

あるジャーナリストが語っていたそうです。


また、後藤さんを知る別のジャーナリストによれば、

「命を伴う取材だけに、・・・後藤さんは、
イスラム国に入に入る前に、 

何が起こっても、責任は、私自身にあります

というメッセージをガイドに残している・・」(週間文春より)

とありました。


実は、テレビでも、後藤さんが同様のことを、
話す動画が何度も放映されました。


たしかに、家族はもちろん、日本中、いや、世界中が悲しみ、
怒り、遺憾に思う気持ちは、当然のことだと思いますが、


後藤さんも、ジャーナリストとしての今回の行為に、
固い決意と覚悟と責任は、しっかりと、自覚していたはずです。

したがって、今回の後藤さんの 「死」 は、ご本人も、
ある程度予想していたと思われるのです。

そこで、後藤さんの 「死」 を痛むだけでなく、後藤さんの
行為そのものも、問われるべきところがあったのでは、
ないかと思えるのですが、この点、皆さんは、
どうお考えでしょうか?



私は、以前、報道カメラマンとして働いていたことが、
ありました。

ある日、「マフイア」 のルート(ホンコン)の取材を、
わが社でやることになりました。

mayaku@.jpg


記者を集めて会議を開きましたが、誰も、
「行こう」 とする人はありませんでした。

そんな中、若気のいたりかも知れませんが、(笑)
私が 「行きます」 と 挙手したのです。

もちろん、「命の保障」 はありません。
仮に「殺害」されても、責任は自分にあります。

会社側は、いっさい責任を問われる事はありません。
「殺されてもしかたありませんよ」 というわけです。

そんなことは、百も承知のうえで、
私は、引き受けました。

しかし、もし取材に成功した場合は、その報酬は、
膨大なものであり、マスコミにも取り上げられ、
私自身の名声も少しは上がるかも知れません。


まあ、詳細は省きますが、今回の後藤さんの場合も、
スケールこそ違え、内容においては、かなり近いものが
あったかもしれません?

それをほのめかすような記者の一文も目にしました。

いずれにしろ、
昨日ののニュースを観ながら、
「ふと」 そんなことを思い出していました。

ガンにかかり、生まれて初めて「死」を意識した
人間が、後藤さんの「死」を前に、考えずには、
いられなかった事かもしれません。


それでは、取り急ぎ今日は、これで・・・・・。








posted by 太助 at 15:39| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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